うさ日記

あるがまま。

無欲の勝利?

今年のGWはHTBのグッズショップに行くため、わざわざ静岡まで遠征して来ました!

開店の時間に合わせて行ったんですけど、

f:id:uzami:20170510191811p:plain

この、onちゃんお出迎えのイベントに間に合うように、8時29分の新幹線で名古屋を出ました。
一応開店の10分前には入り口の前に着いたものの、onちゃんを見れたのはほんの一瞬で。・゜゜(ノД`)

あとはお店の人のアテンドに従って、会場を目指すのですが…7階の会場に入るのに4階から階段に並ばされる盛況ぶり!
正直これには驚きました。
水曜どうでしょうのディレクターのサイン会・トークショーなどのメインイベントは昨日までに粗方終わってましたし、売り切れのグッズも限定品を中心に出ていたから。

約20分ほどかけて会場に到着すると、先に着いた人たちでごった返してえらいことになっておりました。
ずらりと並ぶDVD、フィギュア、onちゃんグッズ、どうでしょうグッズの数々!
物好きにはたまらない空間ですが、知らない人からしたら(何をこんなに盛り上がってるんだろう?)と、不思議に思うでしょうね。笑

わたしが手に入れたのは、

f:id:uzami:20170510191853j:plain

左上から時計回りに、onちゃんokちゃん焼き(おやき)、ぬいぐるみonちゃん、前掛け、クッションカバー、サイコロキャラメルonちゃんボールペン、です(///∇///)

ちなみに前掛けとクッションカバーは、自分で選んで買ったものではなく、ガラポンくじで当たったものです!
前掛けは金賞?特賞?なんかとにかくすごいやつらしく、鐘をチリンチリン鳴らされるわ、周りの人から拍手されるわで、なんだか恥ずかしかったです。笑

何が辛いって、当たった本人がいまいち喜びきれてないところですよね。
正直前掛けって何に使っていいか分からないし。
それならローソンでやってた水曜どうでしょう一番くじのA賞がほしかった。笑
みんなが羨んでくれればくれるほど、モヤモヤした思いは高まってゆくばかり。
最後はスタッフのお兄さんに「それ僕もほんとに欲しいやつなんですよ~!」とまで言われ(ニッコニコの笑顔で)、曖昧に笑みを浮かべるしかなかった。。

その後は、onちゃんオンステージをみて、ごはんを食べて帰ってきたわけですが、なんだろう、いわゆるライトなどうでしょうファン・HTBファンにはなかなか考えさせられる場だったな。
栗生のジャージを着てる人とか、ムンクさん持ってる人とか、司会のお姉さんの一言一言に「アッハッハ!」と爆笑する感じとか。
〔ここはわたしの居場所じゃない感〕が全力でわたしに押し寄せてきて、軽い船酔いのような気持ちの悪さを感じてしまった…

しかしまあ、めげずに一生どうでしょうしていこうと思います!
あーもっとどうでしょう友達がほしい。笑

あなたの知らない世界

自分ちの郵便番号を調べようと思って、Googleに自宅の住所を入れたのね。
そうすると、なんて言うんだっけ、他のユーザーがよくセットで検索してる言葉が勝手に出てくるじゃない?
目に飛び込んできた〔殺人〕の文字。
そりゃあもうびっくりしましたよ。
息が詰まりましたよ、おんなじ町内で殺人なんて、しかも2年前なんて思いっきりわたしもその頃から今のマンション住んでるし。

あまり詳しくは書けないけど、調べてみると親が子供に手をかけてしまったそうです。
ニュース映像のキャプチャがあったので開いてみると、一瞬でそこがどこだか分かりました。

わたしは今住んでいるところは比較的治安のいい場所だと思っていたので(夜中に「テメー殺すぞ」、「開けろって!!!」と叫ぶ若いお兄さんはなんかいますが)、正直かなりショックで。

しかも親が子供を殺害するというのが一層闇を深くしている。
なんだか、件のマンションの前を通るたびに、重苦しいような気になってしまうわけで。
「知らぬが仏」とはよく言ったものです。
それでもそこでずっと生活を続けている人がいるんだよなあと思うと、正直いい気持ちはしないだろうなあと勝手に想像してしまう。

ま、長い歴史の上で、人が誰ひとり死んでない土地を探すほうが難しい話だと思うけど。笑

パンが好きな26歳の女性

「パンが好きな26歳の女性」という言葉がテレビから発せられて、母と顔を見合せて、そのあとどちらからでもなく、お互いにプッと吹き出した。
「それって、」
「わたしのことじゃん!」

テレビが言っていたパンが好きな26歳の女性は、やまゆり園の事件で、殺害された被害者のことだった。
この事件で殺害された入所者の人たちは、名前が公表されていない。
年齢と性別と、好きだったものと、似顔絵を公開して、命の尊さをNHKの特設サイトで伝えているらしい。

一体この世の中にパンが好きな26歳の女性はどのくらいいるんだろう。
きっと物凄い数だ。
亡くなった女性にはたまたま障害があって、わたしにはなかった。
それだけのことだ。

それでもわたしは、なぜか彼女たちの死に、親身になれずにいる。
北島三郎のファンだったり、缶コーヒーを買うのが日課だったり、囲碁が好きだったりする彼や彼女らが、どこか遠い遠い外国の人のような感覚でしか捉えられない。
きっと家族に障害者がいたら、もっと親身にこの問題に向き合えるのだろうけど、実感のないわたしみたいな奴が、もっともらしいことを言っても、偽善にしかならないから。

きっとこんなことを言えば怒られる。
「冷たい奴だ」「差別的な奴だ」、と言われる。

それでも、模範的なことを言ってお茶を濁している人よりは、正直だし、真摯に向き合っているような気はする。

番組に寄せられたメッセージで、若い女の人が、「差別するつもりはないけど区別はしている」と、はっきり言い切っていた。
専門家の人は確か、それに対して「役に立たないとか、そういう考えが間違っている」というようなことを言っていた気がする。
価値のある人間かどうかという観点では役に立つとか立たないとか言うのはナンセンスだ。
でも、生産性があるかどうかという観点では?